私はかつてフィールズ賞を受賞した数学者広中平祐先生にお会いしたことがあります。お忙しい方なので多くの時間はなかったのですが心温まる励ましをいただきました。今もとっていますが、葉書を何枚かいただいたことがあります。
そのいただいた葉書の中に ”Survival is a key to success."(生き残ることは成功への鍵です。)という言葉がありました。家にそれほど余裕がなかったので、早く成果を出したいとあせっていた私は、その言葉を見て、「人並みはずれた成果を急がなくてはならない」と思い、いっそうの努力に励みました。
若かったのでしょう。確かに努力は必要ではあるのですが、最近になって広中先生はもっと違う意味でこの言葉を与えてくださったのではないかと思うようになりました。若くして卓越した業績を残すことで生き残ることもできますが、仮に凡庸であったとしても、健康や生活習慣をしっかり管理しつつ、自分の属する世界から零れ落ちないようにしてただついていくだけでも、survival=生き残りといえるのではないかと思うのです。
私は40代後半にさしかかっていますが、今世の中に意思決定に多くかかわっているのは10歳、20歳年上の人たちです。同年齢や私よりも若い人にも重要な責任を負っている人もいますが。そういう人たちは皆卓越した能力や才能を持っているのでしょうか? 努力の結果ある程度の能力は備えていると思いますが、程ほどの人も多くいます。彼らが指導的立場にあるのは、時間の経過の中で生き残ってきたが故なのです。
若い人で功をあせる人も中にはいるかもしれません。そういう人には、Survival is a key to success. という言葉を私からも捧げたいのです。能力のある人は若いころから頭角を現せばいいのですが、地道な努力の継続と忍耐によって生き残り、何十年後かに成功を収めることもできます。
夢や希望を抱くのは若者の特権です。若いときはお金も地位もないかもしれませんが、社会での経験をつむ中で、「ここはこうすればいいのではないか、あれはああすればいいのではないか」と理想を築き上げることができます。そして若いときに培った理想を一生をかけて実現すればいいと思うのです。
若い方々は日本の宝です。彼らとどうやって歩みを共にすることができるか、それが私のこれからの課題の一つかもしれないと思うときがあります。