愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

新しい制度・秩序は必要ない

新しい制度や秩序は必要ないと思います。もちろん時代は変化するのでそれに合わせて調整は必要でしょうが、かつて叫ばれたように、社会主義とか資本主義とか共産主義とかのような何とか主義に似た新しい「主義」は必要ないでしょう。人間の考えるアイデアは大概出尽くしています。それらにどう魂を吹き込むかが大切なのだと思います。

 私は民主主義も社会主義も資本主義もそれぞれいいところがあると思っており、それがきちんと機能してくれたらいい世の中になるだろうと感じています。民主主義は何年かに1回投票することと理解されていますが、市民が主体的に世の中の問題に関与して解決していくことが本来の民主主義だと思います。社会主義も社会の不公平などを国家が修正することと理解しているのですが、そういう機能も大切です。

 どのような考え方にも一理あって、それらはもともと人々が内なるインスピレーションを得て発展してきたものです。すべての制度が本来の趣旨に沿って発展することが好ましいと思っています。

 制度に限らず、すべてのものは正しさを含んでいます。貨幣は富む者と富まざる者を作り出しましたが、本来富とは媒介の手段に過ぎず、物やサービスの交換をスムーズにするものでした。また貨幣によって多くの良いことが実現できます。今一度に貨幣をなくしてしまえば、世界中で何百万人もの人が飢えで苦しむことになるでしょう。富には価値があります。

 教育、知識にも価値があります。それは悪い心をもった人には悪を実行するための手段となりますが、良い心をもった人には良いことを実行する手段となります。正しく教育を用いることが大切です。

 家族制度もそうです。現代の家庭はさまざまな問題の玉手箱ですらありますが、本来家庭は血の繋がったもの(あるいはそうでないもの)同士が人生を分かち合い、幸福、平安のうちに生きるための共同体です。困難もたくさん抱えていますが、家族も大切です。

 新しい宗教も必要ありません。宗教が欠けているのではなく、宗教を実践する人が少ないというのが事実です。

 ありとあらゆる制度やものは価値があります。それらを愛をもって生き、愛をもって用いることが求められていることであって、今の世の中が問題を抱えているからといって、今と異なる世の中を作り出そうとする必要はまったくありません。

 愛の宗教とは、今世にある宗教とは別の新しい何かではなく、生活の細部に至るまで、愛をもって制度を生き、愛をもって物を大切に扱い、愛をもって自分の信じる宗教の教えを守ること。愛によって一日を始め、愛によって一日を生き、愛によって一日を生きること。何万年もの人類の歴史の中で培われ現代に伝えられてきたすべての制度やものを尊ぶこと。それらに再び魂を吹き込むこと。これが世にいう愛の宗教です。

 同時に、バラバラのものを一つにする方向で他者と関わること、つまり一体性も大切です。

 まだはっきりと見えぬ近未来の合言葉は愛と一体性だと思います。