愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

アナログ

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covawow

デジタルは量に関係し、アナログは質に関係するのではないでしょうか? 最近のITの進展を見ていると、扱うことのできる情報はどんどん増えています。しかし、私たちは単なる量ではなく、質の伴うものを必要とします。

 以前新聞にポッキーの話が出ていました。江崎グリコの広報部長岡本浩之氏は「ポッキーには、真似されないノウハウが詰まっている。『アナログ』は強い」とおっしゃっています。(朝日新聞)ポッキーはスティックにチョコレートをコーティングしただけですが、その日の気温や湿度によって生地を焼く温度を微妙に調節しなければ、スティックの仕上がりがうまくいかないそうです。そしてスティックの仕上がりがうまくいけば、チョコのコーティングもうまくいくそうです。

 ポッキーを東南アジアで販売するようになって、現地メーカーに真似するところが出てきたようですが、その類似品は食感がパサパサで食べるとぼろぼろになるそうで、単純な商品でありながら、職人の微妙なさじ加減がポッキーの販売を支えていると紹介しています。

 岡本氏は少し前までデジタル家電の世界にいたそうですが、デジタルの世界では経験の蓄積がなくても、それなりのものが安く簡単にでき、そのため日本の市場がたちまち奪われてしまったといいます。それに対して、アナログは簡単には真似できなく、こういうところで日本の製造業は生き残りを図るのがいいと、記事は締めくくっています。

 人間は本来アナログな存在ですが、デジタルの世界に惑わされて、アナログの世界=人間の評価が下がってきているのではないかという危惧があります。例えば最近では女性活用の話がしばしばニュースに出てきます。女性に活躍してもらうのはとてもいいことなのですが、そもそも今はどうなのかと思います。私は家事や育児そして時間のあるときは仕事をしている女性は、今でも十分に活躍していると思っており、彼女らの努力が正当に評価されないのがむしろ問題なのではないかという気がします。

 デジタルに染まってしまうと生活が単調になったり、おもしろみや味わいが減るように思います。私は何事も量より質を大切にするところがあるので、少しだらしないところがあっても、素の自分を大切にしています。人間は良いも悪いも含めての存在です。

 話は変わります。私はしたことがないのですが、最近のゲームはアヴァターという自分のキャラクターを通じてロールプレイを体験するものがあるらしいですね。私はこの世もそのようなロールプレイのゲームのようなものではないかと思っています。脳(=マインド)と五感を装備した肉体(=アヴァター)をまとうことでこの世を知覚でき、さまざまな役割をこなしています。3Dグラスをかけて3D映画を楽しめるように、人間の体をまとったときに、この世の空間的な奥行や時間の流れを楽しめるのではないでしょうか? そう考えたとき、ゲームの世界が架空のものであるように、この世も架空の世界かも知れないと思うのです。

 人間はアナログですが、この世はアナログのようでいてデジタルにも似ているようです。