愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

日本の行く末

私は他国のことをほとんどニュースを通じてしか知りません。だから実際外国の人がどのようなことを思い、どのようなことを感じながら生きているのか想像することしかできません。だから今日書くことはいつにもまして個人的な思い入れにしか過ぎません。

みなさんが知っていらっしゃるように、日本は幕末から明治にかけて開国し、西洋文明と出会いました。以来150年ほど経ちます。和魂洋才と言われてから今に至るまで従来の日本文化と西洋文化を調和させるように努力し続けているのが日本人だと思います。これはとても根気のいる仕事です。

一方日本以外の多くの非西洋文化圏の国々も、独自の文化と西洋文化とをどのように融合させるか試みてきたとは思います。しかし、最近ことに思うのは、多くの国はここにきて独自の文化を強調することが多く、西洋文化からどこかで距離を置き始めたのではないかということです。特に中国などを見ているとそう感じます。また、韓国にも儒教的なものへの回帰があるのではないかという気がします。

日本の中にも近世・近代の権威主義を感じさせるような風潮がなきにしもあらずですが、、日本はそれでもまだ西洋的な価値と古来の価値を統合しようという意志を捨てていません。私はこの150年でかなり良質な日本文化が破壊されてきたと思っているのですが、しかしながら、西洋文化の良さも感じています。

世界の国々は、自由を重視する国々と権威的な運営をする国々があります。自由を最も強調するのはアメリカでしょうし、権威的な運営をする国はアジアやイスラム圏などに見られます。しかし、私が理想とする国のあり方は、自由を強調する国でもなく、権威が人々を導く国でもありません。

私は一体性が国を導く原理となればいいと思っています。一体性とは、自立した個人が協力し合う社会のことです。1+1+1+・・・・の社会です。人は自分の能力や適性、義務に従いますが、皆が自分に適したことをするので、そこには過重な権威はありません。また、「私」よりも「私たち」を視野におくので、わがまま勝手な自由でもありません。私はそのような社会こそが真に強く、真に繁栄する社会だと思っています。

現代日本人は霊性という概念をよく知りませんが、霊性への感受性はまだ残しています。この霊性の上に科学を取り入れ、文化の一部にしようとする試みは、やはり今でも世界の注目の的となります。他国では科学技術はまだ表面的にしか受容されていないように思うからです。

社会的にも文化的にも東洋と西洋の価値の統合に関して、日本はかなり誠実な国なのではないかと受け止めています。だから、私は日本の行く末がことのほか気になります。将来はるかに良質なものを生み出すのではないかと期待しています。

おまけ) "When you see with your eyes it's called sight. When you see from your heart and have passion that is vision."-John Couch(英国天文学者
「あなたが目で見るとき、それは視覚と呼ばれます。あなたがハートから見、情熱をもつとき、それはヴィジョンです。」-ジョン・コウチ