愛に生きる

日常生活から少し離れて内省の時間にふと浮かんだ思いを記します。

身土不二

身土不二という言葉があります。現在は食養の分野で用いられることが多く、人間の体と土地は切り離せない関係にあり、その土地でその季節に取れたものを食べるのが健康に良いという考え方だそうです。私はこの考え方に共感します。私の住んでいるところには、地域でできた農作物を扱う市場があるのですが、安い値段で旬のものをいつも買って味わうことができ、重宝しています。人間の体は食べ物によって構成されていますが、その土地のものを食べることによって、体とその土地が馴染んでくると思います。

身土不二という言葉はもともと仏教の言葉だそうです。仏教用語としての身土不二の意味についてはよく知らなかったのですが、少し調べたところでは、「天地と我は同根、万物と我は一体」とか「天上天下唯我独尊」の意味もあれば、「身(正報)と土(依報)の二つは切り離せない」との意味もあるそうです。

私には、住んでいる土地に溶け込みたいという思いがあります。住んでいる土地とのあいだに距離があると違和感があります。現在住んでいるところは少し前に引っ越してきたところなので、その環境にもそこに住んでいる人々にもまだ十分には馴染んでいません。

土地に溶け込みたいという場合、それは数kmの狭い範囲(地方の田舎では狭い範囲だと思います)ではなく、もう少し大きな数十kmくらいの範囲が念頭にあります。私は土地のことについて、知っているようでまだあまり知らないので、時間のあるときには自転車であちこちに出かけます。土地の空気を味わうには、自転車が手頃です。地域の人しか行かないような小さな名所にも積極的に立ち寄ります。田園が広がる中を走ったり、あるいは人家のほとんどない道を通ることもあります。廃屋を見かけたり、野ざらしにされた車を見かけることもあります。大地を見て、聞いて、肌で感じて、郷土を味わいます。

善悪の結果として与えられたこの身体(正報)と環境(依報)。体と環境は因縁においても密接に関わっていると思います。今いる地域で生きることが私にとって一番良いのだと思います。地域と関わり、地域の人と心を通わし、地域社会や地域の自然を自分の体と感じれるようになるまで溶け込むことができれば、それはエゴ(自分の体を自分と同一視すること)を超えることを意味すると思います。私は少しずつ宇宙大に広がっていきたいです。

おまけ)"Do the best you can until you know better. Then when you know better, do better."-Maya Angelou(アメリカの作家)
「よりよく知ることができるまで、できる限りの最善を尽くしなさい。そしてあなたがよりよく知ったとき、よいよいことをしなさい。」-マヤ・アンジェロウ